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ジャガー・ルクルトが、パリのジュ・ド・ポーム美術館で開催される『THE SUPERMARKET OF IMAGES』展を支援

 2006年からジュ・ド・ポーム美術館のスペシャルパートナーを務めるジャガー・ルクルトが、2020年2月11日から開催される、映像や写真などのイメージのライフサイクルから捉えた経済コンセプト、いわゆる“アイコノミー(iconomy)”を力強く反映させた『The Supermarket of Images』展をご紹介します。映像と写真に特化した創造性のための空間として、ジュ・ド・ポーム美術館は、映像文化の研究における障壁を超えた次元に到達するという使命を再び、果たしています。ジャガー・ルクルトの支援を受けて、才能豊かなアーティスト集団が、現代社会の特徴でもあるイメージの過剰生産に立ち向かい、目に見えるものすべてを商品化することによってもたらされる結果を考えます。同展は、時代のリズムと共鳴する、今というイメージの中に位置するエキシビションです。

才能あふれるアーティストの集団
 ジュ・ド・ポーム美術館との密接な関係を築いていく中で、ジャガー・ルクルトはひたむきに、芸術的跳躍に寄り添い、動いている創造性、あらゆる形態の創造性を規定することに参加しています。『The Supermarket of Images』展は、新しい“アイコノミー”の台頭、そして現代社会の中でイメージがどのように拡散し、取引されているのか、クリエーションの中にイメージを取り込む人間の努力(あるいは非人間的なプロセス)とはどういったものなのか、イメージが世界に広まっていく中でそれが意味する価値観がどう変動していくのか、といった課題を見る人に突きつけます。こうした野心的テーマをこれまで十分に把握することができなかったというひとつの観点から、ジュ・ド・ポーム美術館は、アーティストの集団が持つ強さを利用することで、そのニュアンスを引き出し、切れ味をよりシャープなものにしています。

 ジャガー・ルクルトは創業以来、共に働き、創造し、革新を遂げていくことを強く信じ、こうした アプローチを大切にしてきました。そこには、マニュファクチュール ジャガー・ルクルトの唯一無二な力強さを支える心構えが反映されています。時計製造と同様に写真においても、まさに、ローマ神話に登場する土地の守護霊“ゲニウス・ロキ”がその居場所を見つけています。

共有されるビジョン
 ジャガー・ルクルトとジュ・ド・ポーム美術館との出会いは2006年。2つの世界は、出会った瞬間に互いにそれぞれが必要不可欠な存在であることを悟り、今もそれが両者を強く結びつけています。1833年以来、マニュファクチュールでは、時計技師、エンジニア、デザイナー、職人たちがひとつ屋根の下で一丸となって働いています。そこは、共有し、受け継いでいく場所であり、互いの信頼が帰属意識を紡ぐ役割を果たす空間です。そしてそれがマニュファクチュールならではのスタイルの特徴となり、洗練された見た目の美しさと技術的卓越性との絶妙なバランスを生んでいます。一方、エキシビションやカンファレンス、シンポジウム、ワークショップ、パフォーマンスなどを開催する会場であるジュ・ド・ポーム美術館はまた、収斂の場でもあります。そこでは写真そのものが、自己改革しながらも、時に破壊的な力を持って常に自らの限界を押し広げています。こうして未来が先ず垣間見られるのです。

 パリとジュウ渓谷という2つの場を結ぶインスピレーションも、互いに敬意を払うという概念によって成り立っています。写真は静止したフレームの中に固定するためにイメージを捉えるわけではありません。同様に、ジャガー・ルクルトも時計の目的は時間を捉えるものではなく、時間の最も精確かつ重要な表現を具体化するものとみなしています。この点もまた、ジュ・ド・ポーム美術館と ジャガー・ルクルトの絆を永続させている理由となっています。

杉本博司氏の『劇場』シリーズ
 杉本博司氏の『劇場』シリーズは、禅と現象学に対する杉本氏の関心に触発され、1976年にスタートしました。「私の前に現れている世界は本当に存在するのだろうか? 当初から、私はそれを幻影として見ていました。世界が写真として捉えられた時に、それが現実となるのです。」カメラのためだけに存在し、目に見える何万もの映像が凝縮されたイメージを捉えるというアイデアで、杉本氏は ニューヨークで映画館(かつての劇場)に入り、映画の上映時間と同じ時間をかけてフィルムを露出し、スクリーンの写真を撮りました。映画の長さ分毎秒投射された24のフレームの合計を1枚の写真にまとめることで、 周囲を照らす明るく白いスクリーンが写し出されています。禅と同様、空は意識の頂点を表します。杉本氏がこのシリーズを、デジタル時代とその後のイメージの脱物質化として、フィルムを使わない初の映画を撮影した翌年に制作したのは、偶然の一致なのでしょうか? 40年以上にわたり続けられたこのシリーズは2015年には『廃墟劇場』へと展開し、眼が眩むほどの白さのスクリーンが廃墟となった映画館の老朽化だけを照らし出しています。瞑想的な次元と写真の時代を喚起させることを超えて、『劇場』は物理的な体験としてのイメージの消滅の隠喩とみなすことができます。そこでは、映像がデータとしてバーチャルな流れの中で捉えられた芸術品ではなく、内なるビジョンの投影、つまり見るものである主体と見られるものである客体との間の心の通い合いが客観化された時代へと、時を後戻りしています。

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