アンチエイジング派? それともエイジング派?

 高級時計は美しい。だからその美しさを、いつまでも維持したいという気持ちは当然だろう。しかし時計は傷が付きやすい。テーブルにゴン、壁にゴリッ、ドアにガチン。さらに時計を外してテーブルに置いたり、アクセサリーと一緒にトレイに置いたりといった日常的なシーンであっても、ちょっとした傷が付く。それは悲しいことである。

 もちろん時計の傷は、自分と同じ時を重ねてきた証であるのだから、より一層愛着が湧くという場合もある、しかしあまりにも傷が多いと、時計の品格すらも傷付けかねない。


ウブロ
ビッグ・バン
ウニコ フルマジック ゴールド
441.MX.1138.RX

 そこでブランド側では、なるべく時計に傷が付かないようにする開発が進んでいる。例えばDLC加工は、素材の表面にダイヤモンド並みに硬い皮膜を作る技術であり、シチズンではメタルカラーも美しいデュラテクトという表面硬化技術を開発した。さらに超硬素材であるセラミックを使えば、滅多なことでは傷はつかなくなる。ウブロの18Kマジックゴールドは、このセラミックと75%のゴールドを組み合わせた素材であり、18金なのに傷がつかないという独自の特性を持っている。

 こういった時計は、素材の力で傷を防ぐことでいつまででも美しくする“アンチエイジングな時計”といえるだろう。

 しかしこういった流れが続くと、今度はカウンター的に逆方向を楽しむトレンドも浮かんでくる。そもそも体に馴染んだレザージャケットやレザーシューズの履きシワ、綺麗に色落ちしたデニムなどは、世界に一つだけのオリジナルという価値がある。時計の場合は小さな傷もそれにあたるが、さらに積極的に“エイジング”を加えていこうというのが「ブロンズ素材」だ。銅を主とする合金であるブロンズは、加工しやすいため古くから用いられてきたが、酸化が進むにつれて徐々に色が深くなっていく。そして最終的には緑青が現れ、不思議な色合いとなる。


パネライ
サブマーシブル
ブロンゾ ブルー アビッソ
パネライ ブティック限定モデル
PAM01074

 このブロンズ素材だが、明確なコンセプトとして時計に取り入れたのは、2011年のパネライである。そもそもブロンズは潜水器具などに用いられてきた素材なので、海時計と相性が良い。パネライの武骨な姿と味わいを増したブロンズケースの組み合わせはすぐに評判となり、何度かの限定モデルを経て、現在はレギュラー化している。

 現在のブロンズ素材は、合金の組み合わせを変わることで変色の度合いを変えるというのがトレンド。例えばオメガではブロンズにゴールドを混ぜた「ブロンズゴールド」を考案。ベル&ロスではアルミニウムやシリコンを加えることで、変色の速度を緩やかにしている。さらには変色したあとのブロンズと相性が良いグリーンやブラウンなどのダイヤルと組み合わせるスタイルも増えており、よりファッション的に時計を楽しみたいという層を刺激している。こういった自分らしさに溢れる時計もまた、美しいのである。

 ちなみに変色したブロンズケースだが、変色は酸化被膜部分だけなのでケースの再磨きは可能。育ち方が気にいらなければ、磨いてからの再チャレンジが可能ということだ。


グランドセイコー
Heritage Collection
SLGH005

 では、いつまでも綺麗さを保つアンチエイジング派でもなければ、積極的に変化を楽しむエイジング派でもない、もっと普通に時計を綺麗に使いたいという人はどうすればよいのか? グランドセイコーが、その答えを出してくれた。

 そもそも小さな傷などは、ケースを磨き直せば綺麗にとれる。ケースのフォルムが崩れないように、正規サービスを頼むことが必須だが、それでも十分に価値があるだろう。しかし打痕や大きな傷は消えないし、無理に消そうとするとケースフォルムに影響を与えてしまう。そこでグランドセイコーでは「レーザーレストア」技術を使用した新サービスを開始した。これは傷部分に対してケースと同じ素材をレーザーで溶接して肉盛りし、再びザラツ研磨をして歪みのない平面を作り、最後にバフがけして美しい鏡面を再構築するというレストア法。これなら、長年使ってきた時計をいつまでも綺麗に維持できるだろう。

 “美しい時計”という価値観は変化している。そしてそれに対する技術も、進化しているのだ。

文:篠田哲生 / Text:Tetsuo Shinoda

※2021年12月時点での情報です。掲載当時の情報のため、変更されている可能性がございます。ご了承ください。

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