サステイナブルな取り組みは時計業界を変えるのか?

 高級時計は、メンテナンスをしながら長く使っていく持続可能(サステイナブル)な製品である。しかし社会運動の広がりを受けて、時計ブランド側はさらに活動を深化させており、今やサステイナブルは時計作りに欠かせないキーワードとなっている。
 そもそもスイスの時計産業は、雪深いジュウ溪谷に暮らす人々の冬の仕事として発展してきたという経緯がある。美しい自然の中で、コツコツ丁寧に仕事をするという文化が、スイス時計を育んだのだ。もちろん現在も利便性が高いとはいいがたい山奥に工場を作っているし、有名な独立時計師は大きな窓に前に作業台を構え、神経をすり減らす作業の合間に窓の外を眺めて、自然の力でストレスを軽減させるんだよと教えてくれた。時計業界では昔から、自然との共生について深く考えてきたのだ。

 それゆえ自然保護活動に力を入れるブランドは少なくなく、収益の一部を寄付したり、財団を作って自らが行動したり、あるいは時計工場に自然エネルギーを取り入れたり、パッケージをコンパクト化して輸送時のCo2排出量を減らしたりと、とにかくサステイナブルな活動は多岐にわたっている。
 さらに近年では、時計に使用する素材にも注目し、サステイナブルな思想から生まれた素材を積極的に使用する動きも目立ち始めた。

 その先鞭をつけたのがショパールだ。ウォッチメーカーでありジュエラーでもあるショパールでは、多く使用する金素材に注目した。金鉱山は劣悪な労働環境や、倫理観の欠如による環境破壊という問題を抱えている。そこでショパールでは、労働環境や環境汚染への対策が取られた小規模鉱山から産出された、エシカル(倫理的)なゴールド素材への切り替えを進めており、時計やジュエリーで使用することを明言している。将来的にはすべての製品に、この「エシカルゴールド」を採用する予定であり、美しいだけではない価値創造に力を入れている。

 さらにパネライでは、国内外の企業と共同でリサイクル素材「eSteel」を開発した。スティールのリサイクル自体は珍しいことではないが、高級時計に使用できるクオリティを実現するのはかなり難しいという。しかしパネライでは、厳格な品質レベルが求められるダイバーズウォッチにもeSteelを使用することで高い品質を証明することに成功した。
 しかもeSteelの技術を自分たちだけのものにするのではなくオープンソースとして時計業界に広げていくことを考えている。高い理念を持った技術であっても、それを1ブランドが独占していても大きなインパクトにはならない。だからパネライは、エコなeSteelを時計業界に共用技術として考え、活動を広げようとしているのだ。

 そして2023年の注目サステイナブル素材としてあげたいのが、「ラボグロウン ダイヤモンド(Laboratory Grown Diamonds)」である。これは薄くスライスしたダイヤモンドを基盤として、真空窯の中ガスと熱を加えてダイヤモンドの結晶を作るというもので、組成は天然のダイヤモンドの全く同じ。しかも透明度や輝きは、むしろ高レベルにある。そもそもダイヤモンド鉱山は政情不安なエリアに多くあり、労働環境も劣悪。反社会組織の資金減となっているなど、問題が多かった。しかし工場で作られるのであれば、労働者の人権を侵害するようなことはない。もちろん天然石よりも価格がこなれているため大きなカラットの石を使用できるし、デザインに大胆に取り入れることも可能になるだろう。

 実用品というよりは嗜好品である高級時計は、心を豊かにしたり、クオリティ オブ ライフを高めたりといった目的にために存在している。だからこそ時計を選ぶ際には、その背景に隠れている物語も大切にしたい。サステイナブルやエシカルといったメッセージは、これからの時計選びにも大きな影響力を持つことになるに違いない。

文:篠田哲生 / Text:Tetsuo Shinoda

※2023年1月時点での情報です。掲載当時の情報のため、変更されている可能性がございます。ご了承ください。

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