“ラグスポ”ばかりが、なぜモテる?

 現在の時計トレンドを牽引しているのは。間違いなく“ラグスポ”。すなわちラグジュアリースポーツウォッチと呼ばれるカテゴリーだ。その定義はあいまいだが、あえて明言すると、「ドレスウォッチのような薄型ケース」でありながら、「スポーツウォッチのような防水性能」を備えており、「ラグジュアリーな表情を引き出す美しい磨き」を施しているということになるだろう。
 ラグスポの魅力は、実力派ブランドの技術と品質、デザインが反映されつつ、オンもオフも気にせず使える高級品であるということ。それは現代の富裕層が最も好むセグメントであり、数千万円のSUVが人気の自動車業界やモードブランドとストリートファッションの融合とも連動したトレンドといえるだろう。高価なものであっても特別にするのではなく、むしろさらりと日常的に使うのがカッコいいのだ。

 このカテゴリーの始まりとされるのが、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」だ。この時計のプロジェクトは、1970年にイタリアのディストリビューターから、「革新的なステンレススティール製ウォッチ」の製作を打診されたことがきっかけとなる。オーデマ ピゲではジェラルド・ジェンタにデザインを依頼したが、彼は依頼内容を「革新的な“防水”ウォッチ」と聞き間違えてしまう。防水性能を高めるためには、ケースは大きく堅牢になる。さらに防水というコンセプトを生かすため、彼が幼少期に見た潜水士のヘルメットの形状をイメージした八角形のケースやビスを配したベゼルを考案する。当時のトレンドは、フェミニンで小ぶりなサイズであったため、力強い「ロイヤル オーク」はかなり異色の存在だった。しかし1972年の衝撃的なデビューが周囲の時計ブランドにも影響を与え、1975年にジラール・ペルゴ「ロレアート」が、1976年にはパテック フィリップ「ノーチラス」が、そして1977年にはヴァシュロン・コンスタンタン「222」が誕生する。ロイヤル オーク、ノーチラス、そして222を継承したヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」と、今年復活した「ヒストリーク・222」、そしてロレアートは、1970年代のスタイルをそのまま継承しており、極めて高い人気を博している。いうなればこの「レジェンド」たちが、今もラグスポ人気を支えている。

 さらにその後を追うように、1980~90年代にも新たなラグスポが生まれる。おりしも機械式時計冬の時代であったため、時計ブランドは新機軸の打ち出しに躍起になっていた。そこで王道のドレスウォッチやダイバーズウォッチなどのツールウォッチとも異なるラグスポに、白羽の矢を立てた。レジェンド世代とは違った独創性を追求する、「オリジナリティ」にあふれた世代である。
 代表的なモデルは、1990年デビューのブレゲ「マリーン」や1980年デビューのショパール「サンモリッツ」。そして1980年に創業したウブロの旗艦コレクションだった「クラシック」もラグスポの部類に入るだろう。この世代は、常に独創性を求めて進化を重ねているのが特徴であり、マリーンは2018年に三代目へとアップデート。サンモリッツは2019年にリ・デザインされ「アルパイン・イーグル」として再デビューを果たした。そしてウブロは「クラシック」のデザインを継承する形で2008年に「クラシック・フュージョン」をリリース。どのモデルもラグスポのデザインコードをしっかり踏襲しつつ、ブランドごとのオリジナリティを上手に引き出しているのが特徴だ。

 そして2000年代以降は、スマートフォンの誕生によるデザイン解釈の拡大と時計市場の広がりによる嗜好が多様化といった時代の流れを受け、これまではスポーツウォッチを作ってこなかったエレガント系のブランドたちが”新世代のラグスポ“に挑戦し始めている。
 その代表格は、A.ランゲ&ゾーネであろう。ドイツ最高峰の時計ブランドであり、端正で美しいドレシーウォッチを作ってきた同社は、2019年に「オデュッセウス」をリリース。レギュラーモデルとしては初となるSS素材を使ったスポーティウォッチは大きな話題となった。パルミジャーニ・フルリエは得意の薄型ムーブメントを使った「トンダPF」が2021年にデビュー。さらにはチャペックやローラン・フェリエといったスポーツウォッチとは縁遠かったブランドまで、次々とラグスポをリリースしている状況だ。

 果たして、この流れはいつまで続くのだろうか? スポーツウォッチというとクロノグラフやダイバーズといったツールウォッチもあるが、機能が加わるとどうしてもダイバーズ=海などイメージが偏るし、目的に合わせてサイズも大きくなる。その点ラグスポは、デザイン、サイズ感、防水性がちょうどいいバランスに収まった、“いたって普通のメタルの時計”である。私自身もレジェンド世代のラグスポを2本所有しているが、他の時計よりも使用頻度は極めて高い。ラグスポは、オールマイティウォッチの最高峰であり、スーツにもカジュアルにも、オンもオフにも、出張にもバカンスにも対応してくれる。しかもリッチな満足感も高い。となればラグスポばかりがモテるのは、当然のことなのだ。

文:篠田哲生 / Text:Tetsuo Shinoda

※2022年6月時点での情報です。掲載当時の情報のため、変更されている可能性がございます。ご了承ください。

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