グランドセイコーがUPCOMINGな世界ブランドになった理由

 2022年の4月にジュネーブで開催されたWatches and Wonders Geneva 2022は、かつてS.I.H.H.(ジュネーブ・サロン)と呼ばれていた高級時計イベントを、発展的に進化させたもの。カルティエやヴァシュロン・コンスタンタン、A.ランゲ&ゾーネといったリシュモングループの時計ブランドを中心にしつつ、パテック フィリップやロレックス、ショパールといった実力派ブランドが加わったことで、世界最大級かつブランドの格式も最高峰という時計界の新たなビッグイベントとなった。
 Watches and Wonders Geneva 自体は2020年からスタートしたが、コロナ禍という事情もあって20年と21年はオンライン開催であったため、ジャーナリストやディーラーを招待してのリアルイベンは今年が初めて。まさに待ちに待ったイベント開催! という喜びの日に、新たに名を連ねたのが「グランドセイコー」だった。スイスの時計業界はかなりコンサバで、“スイスブランド”か否かで扱いが大きく異なる。しかしグランドセイコーは、時計フェアの中枢に、非欧州系ブランドとしては初めて参加が許された。それはスイス時計業界を揺るがすニュースであると同時に、グランドセイコーがスイスも認めるグローバルブランドになったという証明でもある。

 そもそもグランドセイコーは、1961年から始まる時計の輸入自由化を前に、舶来時計に負けない時計を目指して1960年に誕生した。当初から”世界“を意識しており、日本らしいデザインとして、稜線が作り出す光と影と表現するために、切れのあるフラットな斜面で構成するデザインを作り出した。さらに機械式時計の性能を示す「精度」の追求にも力を注いでおり、スイス時計ブランドの多くが精度競争を繰り広げていた天文台精度コンクールに1964年から参加。1968年に部門一位を獲得することで、高精度ウォッチに関してはスイス勢を凌駕するに至った。さらにグランドセイコーでは、スイスの高精度基準の一つであるCOSC認定クロノメーターに対抗する形で「GS検定」を定め、COSCクロノメーターよりも厳しい基準(例えば平均日差はCOSCクロノメーターが-4~+6秒に対して、GS検定は-3~+5秒である)を設けることで、時計の品質レベルでも、スイス勢を超えようと研鑽を重ねてきた。




 しかしスイスを超える高精度であっても、それだけで評価されるほど甘くはない。身に着けると気分が上がり、周囲からも一目置かれる…、そんなエモーショナルな魅力を持つ時計でなければ、多くの人々の心を引き寄せることは難しい。しかも2000年以降は携帯電話の普及率が広がり、時刻を知る道具として十分な存在となったので、より高級時計には“嗜好品としての価値”が重視されるようになる。そういった魅力作りに対しては、グランドセイコーも様々な施策を繰り返していった。
 グランドセイコーに対する目線が変わったのは、2014年のことだった。その年に発表された時計を表彰する「ジュネーブ時計グランプリ」にて、なんとグランドセイコーの「メカニカルハイビート36000GMT限定モデル(SBGJ005)」が、8,000スイスフラン以下の時計を対象とした部門である“La Petite Aiguille” (プティット・エギュィーユ=小さな針)賞を獲得したのだ。そして2021年には、「グランドセイコー SLGH005 」が主要賞である「メンズウォッチ賞」を獲得する。このジュネーブ時計グランプリは、ジャーナリストや時計師といった時計のプロフェッショナルたちの投票で決められる家にあるアワードで、”時計界のアカデミー賞“と称されるほどの権威。つまりグランドセイコーは時計のプロフェッショナルが認める存在となったのだ。



 さらに2022年には、同じく「グランドセイコー SLGH005 」が、デザイン大国ドイツの「レッドドット・デザインアワード」のプロダクトデザイン部門で、最高賞であるBest of the Bestを獲得する。時計工房の周辺に広がる白樺林をイメージしたダイヤルの日本的な表現力が、デザインのプロフェッショナルからも評価されたのだ。
 こういったダイヤル表現は、グランドセイコーが力を入れている分野である。スイス時計の場合はギヨシェ彫りの幾何学的なダイヤル表現を行うが、グランドセイコーは職人が精密な金型を彫り、何度も型押しをするため、より立体的で複雑な表現が可能になる。時計の製造拠点である岩手県・雫石と長野県・諏訪に広がる美しい自然風景を表現し、小さな季節の移り変わりを楽しむ「二十四節気」の情景を映し込んだダイヤルたちは、高性能だけではないグランドセイコーの新たな魅力となっている。

 精度や機能性といった技術レベルは、既にスイス勢と比類するレベルまで達しているグランドセイコーだが、感性を刺激するデザインや表現でも、もはや遅れはとっていない。確かな技術に加えて、日本的な感性がしっかり生きているグランドセイコーは、数少ない“日本のラグジュアリープロダクト”であり、そのスイスともドイツとも異なる美しさで世界を魅了しているのだ。

文:篠田哲生 / Text:Tetsuo Shinoda

※2022年7月時点での情報です。掲載当時の情報のため、変更されている可能性がございます。ご了承ください。

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